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おはようございます

 2013-03-02
お早うございます、まだ眠気が取れてないゆーやです。昨日の雨、やみました。今日は母ちゃんの手伝いです。晴れ間が出てきてのお手伝いです。ちなみに父ちゃんは仕事です。時間までパソコンやってます。

おまけ・マイナンバー(別名・日本版社会保障番号)がどれほど危険なのか!?

共通番号制度「マイナンバー」法案閣議決定

日テレNEWS24



意外に国民が知らされてなかった”共通番号制度(マイナンバー)”の落とし穴

 

 

でんひろイシダ

 世は、まさにコンピューター時代であり、共通番号制度(マイナンバー=旧国民総背番号制)導入は、時代の要請としてやむを得ないだろうと受け止めていた時期もあったが、 調べてみると、その中味は国民にとって、かなり危険な制度であるようだ。

・イギリスは、共通番号制度(国民IDカード制)廃止。
 国家が、国民の個人情報を収集するのは、人権侵害に当たるとし、共通番号制度(国民IDカード制)は、「2010年5月に誕生した保守党・自由民主党による新連立政権」で、廃止に向かって検討。 「近く議会を通過し、法案成立後直ちにシステムが廃棄される」模様。「現在、国民IDカード制は停止中」とのこと。

・アメリカは、医療、介護、年金など社会保障や銀行、納税分野で利用。番号は可視化。それだけに、なりすましが横行し、犯罪の温床になっている。
 「現実空間での取引に加え、サイバースペースでの取引(電子取引・ネット取引)にも汎用されていくことにより、番号が売買、垂れ流しされ、 不法行為に手を染める者の手に渡るなどして、アメリカ社会は、他人の社会保障番号を使った”成りすまし犯罪者天国”と化し、 社会保障番号に係る国民の情報コントロール権は、風前の灯のようになっている。被害者の窮状が社会問題になり、他人の社会保障番号を使った ”成りすまし犯罪”に対処するために、連邦や各州の議会、省庁が対策を練ってきているが、いまだ抜本策を見出すにはいたっていない」。

・スウェーデンは、アメリカ以上に広範な分野で利用され、共通番号は無制限に一般に公開(可視化)されている。「アメリカに次ぐ”なりすまし犯罪者天国”」。
 「共通番号は、マスターキーに使えば個人のプロファイリングが容易にでき、国家が個人の生活のいかなる場面にも入り込み追跡できる体制を敷く仕組みであり、 人間の尊厳の保障や個人の幸福につながらないとの鋭い指摘がある。・・・共通番号制導入によるデータ監視社会化に突き進んだのは、 ”高福祉高負担”政策――”福祉の不正受給、課税漏れは絶対に許さない”という考え方――がその背景にある。 最大の課題のひとつは、当局が把握できない無届就労や租税回避・ほ脱などからくる”課税漏れ”対策であるが、高負担政策や国民所得に対する番号管理を強めれば強めるほど、 逆に、無届就労、地下経済、他のEU諸国などへの課税源の移転が深刻になることを物語っている」。 以上、3項目「自治体情報政策研究所”電子自治体情報”」より

 日本での利用範囲は、アメリカ・スウェーデン型のように多岐にわたる案が示されているようだが、個人の資産・収入、健康状態が外から透けて見えてしまえば、 我々の気質からして、人を値踏みしてしまう可能性は否定できないだろう。そうなれば、プライバシーが保たれないばかりか、人間の尊厳も危うい。 加えて、なりすまし犯罪との絡みもある。国家権力の増長、末端で個人情報を収集する各種団体・組織の国家への追随も気になる。導入は、国家の理想であり国家としての悲願だろう。 しかし、それらを考えると「いや、待てよ」ということになる。

 国民の利益を考えた場合、そして、人種・民族・国を超えて存在する人間の倫理的水準を考えた場合、精神文化面では未だ発展途上にあるであろう21世紀社会にあっては、 制度そのもの・その存在意義を優先するよりも、国民・個人の利益を優先した社会にすることが、我々の最も理にかなった国家政策ではなかろうかと思われる。 時には、利便性よりも、多少不便でも、我々の能力に見合った制度のあり方を考え、それを正しい方向に導いて行くというのが、 人間の人間たるゆえんである。逆に解すれば、それすらもわからないようであれば、人間とは言えなくなる。

 国民にとって、豊かな国作りをするためには、ただ単に、制度を増やして行けば良いというのではない。また、既存の制度であっても、国民生活にとってリスクとリターンを比較し、 得るものが少ない、あるいはリスク大と判断すれば、潔く制度を撤廃することも必要である。共通番号制度(法案)に関していえば、どう見ても、 今の日本には、荷が重すぎる制度のように映る。

・内閣府PR、共通番号制度の主眼。
 (1)利便性、公平・公正
 (2)経済的効率
 (3)セキュリティー面には、細心の注意を払って対処

 (1)の利便性は、事務処理の効率化を考えれば、国民よりも国家にある。公平・公正といわれても、比較対照が個人にはできないから国民の利害というよりも国家の利害に関係してくる。 (2)の経済的効率は、国家・国民共にあるだろう。(3)のセキュリティー、番号制度導入を条件に必要になるものであるが、セキュリティーに万全はあり得ないから国民にとっては、 無味乾燥なものであるといえる。加えて、罰則を設ける案も出ている。罰則を設けなければならないほど危険なものなら、はじめから作らないほうが良いに決まっている。

 いつもながらそこには、国家性善説が垣間見られる。国家の理想はわかるが、国民目線に立った考え方からは程遠いようだ。制度を敷くことで何が起こるのか、性悪説に立ったものの見方が必要である。

 個人情報について、これまでの区分け処理というストッパーを外せば、国民は、全面的に国家を信用しなければならないことになるが、 今の国家には、果たして国民の信頼に応えるだけの信用力を持ち合わせているだろうか?また、どれだけの国民が、今のご時世、国家と一心同体であろうとするほど国家に魅力を感じているだろうか? 国家は尊重するが、さすがに、国家に命を預けるほどの勇気ある国民は少ないだろう。なるべくなら、干渉しないでほしいと願う人のほうが大勢を占めるに違いない。 これまでどおり、国民は、国民としての義務を果たし生きて行くのだから、それで国は、何不自由ないはずである。

 国家と国民は、互いに依存し合う関係ではなく、もちろん、一方が他方を管理するという主従の関係ではなく、互いに尊重し合える関係が大事であるということをイギリスの教訓が物語っている。 国家が自国の政策を国民の声を無視して、独自の判断で行うというのであれば、国家の進むべき方向性がどこか間違えている。真に強い国家となるには、 まず、国民の信認を得られるような国家的判断が条件になることは言うまでもない。それを無理に強いれば、国民に何らかの形で、負荷を与えることになり、 国家が弱体化することに国家自らが先頭に立って力を注ぐという愚昧を働くことになる。そうなれば、国民は、国家に失望し、国家からますます距離を置いてしまうだろう。

 国民に対する国家の過度な管理は、政治・経済・国民生活など、あらゆる面で好ましくない。国家が国民の管理を強めれば、すべてが滞り出す。 間違いなく、主体性・自主性を失った人間社会が構築されて行くだろう。とくに、多民族国家でない国家の場合は、そこに陥りやすい。 国家・社会が、活性化するには、縛るのではなく、むしろ解放である。 つまり、一元管理に走らず、国民の多様性を重視した政策(余計なことはしないというのも政策のうち)、これしかない。国民が考える力を取り戻したとき、国家・社会も豊かさを取り戻している。 その逆はあり得ない。(2.28'12)

(追記:2012年10月11日)
・共通番号制度、大幅に利用範囲が拡大される可能性・・・すべては政権次第。なぜ、民意が反映しないのか。推し進めるのは、政治家?官僚?
”政府がマイナンバーと呼ぶ共通番号制度(ないしは国民総背番号制度)はそもそも、消費税増税実施の際の逆進性(低所得者ほど負担増)対策として、 民主党が検討している「給付付き税額控除」導入の前提として“所得を正確につかむ必要があるから”と検討が始められた。ところが、当初の目的とされていた 「社会保障と税の一体改革」による新制度のための「税番号・社会保障番号」のみならず、労働関係、学校・教育関係、公衆衛生関係と公営住宅の管理などに拡大。 政令で定める公益性があるなどとされ、これまでに拡大された行政事務は合計で九三に上る。個人情報の提供範囲も「刑事事件の捜査の法律に基づく犯則調査」 「その他、政令で定める公益性があるとき」と定めており、極めて広範囲で情報が用いられることが想定されている。”(「 週間金曜日ニュース」小谷洋之・ジャーナリスト9月7日号)

(追記:2013年2月21日)
・マイナンバー制 関連法案 来月1日、閣議決定 共通番号制導入へ(産経新聞 2月21日)
 どうやら、3月1日に閣議決定の模様だ。マイナンバー制の真の狙いは何なのだろう。少子化対策の穴埋めとして、 移民制度導入へ向けてのステップではないかとも考えられなくはない。本当は、そういう方法で、日本の人口減少に歯止めをかけるより、たとえ今の日本の人口が、 1億人・9,000万人になったとしても、国民一人ひとりが豊かに暮らせる国家を目指すべきではないのかとも思う。ある資料によれば、移民の数は1,000万人を想定しているという。 隣国からの移民が、流れ込んできた場合の国家・社会の混乱はどんなものであろうか。治安は、今よりは悪くなる公算が高い。そこで、各種規制が強化され、国民は、 ますますストレスにさらされ、経済と引き替えの犠牲を強いられることになる。
 ・・・正直なところ、その記事を読んで、マイナンバー制を推し進めてきた人間(政治家[自公民]と官僚)の考える国家論を聞いてみたくなった。 どのような国家論を持って、この国を動かそうとしているのかをである。国民を代表して政策に当たっているとはいえ、彼らが、執拗にマイナンバー制導入にこだわるところからすれば、 案外、彼らの頭の中にある国家論というものは、一般国民のためには、出来上がっていないのではないか。つまり、偏っているのではないかということである。 国民を外した国家という枠組みに捉われたものの考え方が、その政策のゆくえを見る限り伝わってくる。すでにそれを取り入れ、問題を抱える他国に追随する理由はない。 むしろ、島国日本の人間性、あるいは、国民性に合ったやり方を考えるべきだろう。ちなみに、島国イギリス(人口6,000万人)は、国民IDカード制(マイナンバー制)を廃止した。 我が国では、共産党がマイナンバー制に反対らしい。今年夏には、参院選がある。さて・・・。(2.21'13) 


 

時の話題から

http://www4.ocn.ne.jp/~den1/essay_etc/tokinowadai-mynumber.html
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