俺と柳条湖事件を語る

 2011-09-18
こんばんわ、DBユーヤです。
今日は柳条湖事件の日です。今日はその日を取り上げます。

まずは柳条湖事件とは何か説明

柳条湖事件とは、1931年昭和6年、民国20年)の今日9月18日中華民国奉天(現在の瀋陽)郊外の柳条湖で、関東軍(満洲駐留の大日本帝国陸軍)が南満州鉄道の線路を爆破した事件。満州事変、九一八事変とも呼ばれる関東軍による満州(現中国東北部)全土の占領を経て、2年後の1933年5月31日塘沽協定成立に至る、大日本帝国中華民国との間の武力紛争事変)である。

関東軍はわずか5ヶ月の間に満州全土を占領、軍事的にはまれに見る成功を収めた。

この軍事衝突を境に、中国東北部を占領する関東軍と現地の抗日運動との衝突が徐々に激化した。満洲国の建国により中国市場に関心を持つアメリカら他の列強との対立も深刻化した。いわゆる、十五年戦争(中国での名称は、十四年抗日戦争)の発端は満州事変を基点としている。

次は柳条湖事件をめぐる記事

 

柳条湖事件から80年 厳戒のなか、中国・瀋陽で式典

 

写真:18日、瀋陽の博物館にある柳条湖事件のモニュメントの前で警備にあたる警官ら=ロイター拡大18日、瀋陽の博物館にある柳条湖事件のモニュメントの前で警備にあたる警官ら=ロイター

 満州事変のきっかけとなった1931年の柳条湖事件から80年を迎えた18日、中国遼寧省の瀋陽で記念式典があった。一部の若者が日の丸を燃やすなどしたが、付近は厳戒態勢が敷かれ、大きな混乱にはならなかった。胡錦濤(フー・チンタオ)指導部は節目の年に愛国心を高めつつも、社会の不安定化につながる「反日」の動きは厳しく抑え込んでいる。

 事件現場に近い「九・一八歴史博物館」で開かれた式典には、軍人や市民ら約千人が参加。節目の年にあたることから、初めて遼寧、吉林、黒竜江の東北3省が共同で主催した。発生日にちなんだ午前9時18分には、一斉にサイレンが鳴り響いた。

 目撃者によると、日の丸を燃やしたのは会場の近くでバイクに乗っていた十数人の若者たち。「小日本(日本の蔑称)」と叫びながら布製の日の丸に火をつけたが、1分ほどで退去させられた。会場周辺には例年の倍以上の警官が配置され、大通りを封鎖。例年あるデモは、今年は起きなかった。北京の日本大使館前でも、治安当局の十数台の車両が警戒にあたった。

この記事を見て俺は、この柳条湖事件記念日は反日デモが起きるほど不安定な記念日だということを知らされました。まだ中国が反日感情を丸出しにしてる証拠といえます。日本と中国、いつになったら仲良くなれるのやら。

関連記事
タグ :
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://enfini00.blog.fc2.com/tb.php/395-355ce365
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫