ただいま帰ってきました&フランス新大統領になったフランソワ・オランドを調べてみた

 2012-05-07
こんばんわ、仕事から帰ってきたDBユーヤです。
ホントならすぐにでもこのブログ描こうと思ってましたが南総里見八犬伝の漫画版を読んでたりしたおかげでと取り掛かる時間が遅れてしまいました。ちなみに仕事は比較的楽でした。

話は変わりますが、来週大統領に就任するフランソワ・オランドを私は調べてみました。

まずはフランソワ・オランドとは?

フランソワ・オランド(François Hollande、1954年8月12日 - ) は、フランスの政治家。第9代フランス社会党第一書記であり、フランス共和国大統領当選者である。「運命の女」の原作者でもある。

セーヌ=マリティーム県ルーアン出身。耳鼻咽喉科の医者ジョルジュ・オランドを父に、ソーシャルワーカーのニコール・トリベールを母に生まれる。パートナーであった政治家兼事実上の妻セゴレーヌ・ロワイヤル(現在は離婚)との間に4人の子供がいる。

次は生い立ち

 

パリ政治学院(通称:シアンス・ポ)で法学士学位を取得、同校でフランス全学連の委員長を務める。1974年パリHEC経営大学院(HEC)に入学、フランソワ・ミッテラン支援委員会の委員長を務める。1979年にオランドは社会党に入党している。1980年フランス国立行政学院(ENA)を7番目の成績で卒業、フランス会計監査院の検査官となる。ジャック・アタリジャック・ドロールの後押しにより、フランソワ・ミッテランの参事官となる。

 

1981年、後に大統領となるジャック・シラクの対立候補として国民議会選挙に立候補するが、第1回選挙で敗退する。シラクが50%以上の得票率であったのに対し、オランドの得票率は26%でしかなかった。が、幸か不幸かミッテランの大統領選勝利によって、側近であるオランドは大統領官邸での任務(経済問題)を担当することになる。1983年ピエール・モロワ内閣で次々に現れた2人のスポークスマン、マックス・ガロとロラン・デュマの官房長となる。同年、市町村議会選挙に立候補するが敗北、同年3月13日、ジャック・シラクの選挙区である(コレーズ県ユセルの市町村参事会員となる。

1984年、派閥争いに嫌気がさし、数人の友人、特にジャン・イヴ=ル・ドリアン、ジャン・ピエール=ミニャール等と共に社会党の超派閥集団を結成。

1988年、ミッテランの大統領再選の後、コレーズ県第1選挙区で53%の得票数を得て国民議会議員に当選。同年から1991年まで政治学院で第3学年の学生に経済学を教える。1990年レンヌの党大会でモロワ=メルマッズ=ジョスパンの動議を支持。

1993年、国民議会議員の任期を終了すると、1997年までジャック・ドロールの政治集団「クラブ・テモワン」を主宰する。現在、彼は名誉会長を務める。会計監査院行政官としてのオランドは、弁護士職と同等の資格を持っており、暫くの間、友人のジャン・ピエール=ミニャールの事務所で働く。

 

1994年、彼は社会党全国書記、経済問題担当となる。ジャック・ドロールが大統領選への立候補を断念した後、リオネル・ジョスパンに接近する。ジョスパンは自らの大統領選キャンペーンの、また1995年10月には社会党のスポークスマンにオランドを起用した。多元的左翼勝利の後、1997年、フランソワ・オランドは再び代議士(得票率54%以上をもって)となり、ジョスパンも首相に指名された。ジョスパンは自らの後継者として社会党第一書記の地位をオランドに託した。

オランドは10年間にわたって社会党第一書記を務めた。調整型といわれる半面、リーダーとしての決断力に欠けるとも言われる。

1999年、オランドは欧州議会議員に選出され、社会主義インターナショナルの副議長に選出されている。

2007年にはセゴレーヌ・ロワイヤルとの事実婚関係を解消した。

2012年に行われる大統領選挙への出馬を目指し、社会党の予備選に立候補を表明した。2010年10月に行われた予備選の決選投票で、現第一書記であるマルティーヌ・オブリーを破り、大統領選の公認候補に選出された。

2012年4月22日に施行された2012年フランス大統領選挙第一次投票で得票率28%を獲得、現職のニコラ・サルコジを抑え第1位となったが(オランド氏28%、サルコジ氏を1ポイント上回る 仏大統領選 CNN Japan )、過半数を獲得できなかったため、規定により昨日5月6日の決選投票に持ち込まれた。決選投票で過半数を獲得し、サルコジを下して初当選を果たす(今日の朝日新聞にて)。

と、こんな風に彼(フランソワ・オランド)を調べてみました。いろんな意味で調べ甲斐があったかもしれません。でも、ちょっとばかりしんどかったかも。

Meeting François Hollande 22 September 2011 N2.jpg
フランソワ・オランド

参考資料
ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89#cite_note-0

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