夜になりました&あさま山荘事件を調べてみた

 2012-02-28
今晩わ、さっきまでWiiFitでジョギングしてたDBユーヤです。20分7.3km走りました。まあまあの距離です。30分なら約16kmいけますが最近は10kmがいいとこです。

今日YAHOOニュース見てたらあさま山荘事件をめぐる記事(http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/united_red_army/)を見つけたので俺も調べてみました。

まずはあさま山荘事件とは?

あさま山荘事件(浅間山荘事件とも)は、1972年2月19日から28日にかけて、長野県北佐久郡軽井沢町にある河合楽器保養所「浅間山荘」において連合赤軍が人質をとって立てこもった事件である。

連合赤軍のメンバー5人(坂口弘坂東國男吉野雅邦加藤倫教加藤元久)が、浅間山荘の管理人の(当時31歳)を人質に10日間にわたって立てこもった。人質は219時間監禁されており、警察が包囲する中での人質事件としては日本最長記録である(2012年現在)。

2月28日警察が浅間山荘に強行突入。死者3名(うち機動隊員2名、民間人1名)、重軽傷者27名(うち機動隊員26名、報道関係者1名)を出したが、人質は無事保護され、立てこもり犯5人は全員逮捕された。

突入の様子は、テレビで生中継された。その日の総世帯視聴率は調査開始以来最高の数値を記録、18時26分(JST)には民放日本放送協会(NHK)を合わせて視聴率89.7%(ビデオリサーチ関東地区調べ)に達した(引田惣弥『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』講談社、2004年、118頁にて)。同日のNHKの報道特別番組(9時40分から10時間40分に渡って放送)は、平均50.8%の視聴率(ビデオリサーチ・関東地区調べ)を記録した[2]。これは2000年代に入った現在でも、報道特別番組の視聴率日本記録である(2012年時点)。

なお、現場となった保養所名は「浅間山荘」が正しいが、マスコミが事件発生当時から「あさま山荘」と表記したため、事件名としては一般的に「あさま山荘事件」とされることが多い。

  • 事件当時、現場は平均気温マイナス15度前後の寒さで、機動隊員たちのために手配した弁当も凍ってしまい、やむなく当時販売が開始されたばかりの日清カップヌードルを隊員に配給した。手軽に調達・調理ができた上に寒い中長期間の勤務に耐える隊員たちに温かい食事を提供できたため、機動隊員の士気の維持向上に貢献したという。TV中継でカップヌードルを美味しそうに食べる機動隊員達の姿が映像に映り、同商品の知名度を一挙に高めた[9]。カップヌードルの売上は発売開始時の1971年には2億円だったのに対して、事件後の1972年には前年比33.5倍の67億円になっている。
    • 前述の佐々淳行の著作によれば、警視庁が補食として隊員に定価の半額で頒布したものであるが、当初長野や神奈川の隊員には売らず(警視庁の予算で仕入れ、警視庁が水を汲んで山に運び、警視庁のキッチン・カーで湯を沸かしたからというのがその理由)、警視庁と県警との軋轢を生んだとある。
    • ちなみにこのエピソードは当時NHKで放送されていた「プロジェクトX」カップヌードル誕生秘話の「魔法のラーメン・82億食の奇跡」(2001年放送)で、あさま山荘のエピソードが番組の最後に紹介された。

 

浅間山荘

と、こんな風にあさま山荘事件を取り上げました。俺は俺の知ってる部分と知らない部分があることに気づきました(事件当時、-15度になるほど寒かった影響で弁当が固まってしまったというエピソードは知ってたけどカップラーメン当時突撃した警察官を助けたこと自体までは知りませんでした)。NHKニュースサイト(あさま山荘事件40年 慰霊式 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120228/t10013348911000.html)によると式典のあと、地元の軽井沢警察署の五十嵐萬寿男署長は「先輩たちが守った治安と志を引き継いでいかなければならないと改めて感じた」と話していました。でも、最近の警察は不祥事は多すぎますからね(あと、問題も)。条件によってはつぶすべきだとおれは思ってます。
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